部活指導研究協会通信

日々、生徒と真剣に向かい合う部活関係者に送ります。部活動が果たすことの出来る役割を最大限に発揮させるための活動を行っています。

「そろそろ、部活のこれからを話しませんか」シンポジューム報告1

部活指導研究協会通信です。

・7月研修会の報告
 先週の土曜日7月1日に都立大泉高校で部活研主催のイベントが行われました。
参加者は39名で、うち高校生が16名でした。その他多くは部活顧問の先生方だったのですが、様々な立場の方々に参加頂けたことが今回の大きな収穫だったような気がします。

 まず、第1部は私、中屋のスポーツメンタル講習でした。テニスコーチとして、海外の選手や日本全国のプロを目指すジュニア、そして、現役のプロの選手まで指導をしてきた経験から話をさせてもらいました。
 1時間の講演で主に伝えたかったのは、「変化」の大切さです。いい変化を進化、悪い変化を退化ととらえて考え、更に変化しない、いわゆる停滞も退化と位置付けました。
 そこで例として挙げたのが「練習を試合のように、試合を練習のように」という言葉です。よく指導者が使う言葉です。さて、この言葉の陥りやすい問題とは何でしょう? 
 当日の講義の様子の動画をアップしました。よろしければご覧ください。
https://youtu.be/9xDeUJFiq40
 
 

なぜ、「ブラック部活」と呼ばれるようになってしまったのか

 部活指導研究協会通信です。

 各メディアに「ブラック部活」という見出しの記事を多く見掛ける。

 部員である生徒が生活のほとんどの時間を部活に取られ、休むに休めない状況になり、心身ともに疲れ切っているという状況を「ブラック企業」になぞらえて「ブラック部活」と称しているようである。 

 また、部活に関わる教員側からも問題提起されており、その場合も過酷な労働実態を捉えて「ブラック部活」と称されている。

 確かに、現状で生徒側からも教員側からも部活で疲れ切って負のスパイラルの陥っている悲鳴が方々から聞こえてくる。

 

 この現状への流れのモトはいったい何なのか。

 

 問題は2つ考えられる。 

 

 1つは、部活動の基本的な名目が、自主的自発的とされているところにある。

 自主的自発的な活動自体についての良し悪しはともかく、この名目のもとでの活動となるとどうしてもプログラム自体の管理責任の所在が曖昧になってしまう。

 まあ、勝手にやってるんだからあずかり知るところではないといった感じ。

 しかし、一方では安全面の責任は直接の監督者に明確にのしかかってくるわけで。つまり、部活というプログラムの管理責任については、当局はたいした責任を負わないのに、現場の監督者には相当な責任が負わされるというシステムになっている。

 2つ目は、職務なのか職務じゃないかという曖昧ななかで維持されている教育活動なので、ほぼ労務管理のないまま一部の教員に負担が過剰に偏ってしまっている。

 本来の業務である教科指導の片手間でやらざるを得ない現状だが、責任はしっかりついてくるし、研修制度についても重要な役割を担った教育活動の割りに現状に合った内容を本腰を入れて考えられたものが見当たらない。

 教員にとっては、時間もない、研修の機会もないといった状況で、この結果、部活の指導スキルの低下を招き、生徒の安全が脅かされる現状になってしまっている、この辺の側面は確かにあるはずである。

「ブラック部活」と言って当局や教員を批判するだけでは、根本的に問題の解決にはならない。ここはしっかり抑えておきたいところだ。

 

 では、この状況を改善するためにはどうのような方向性で取り組むべきなのか。

 部活研の取り組みは大きく分けて二つ

1、部活の指導者に対して指導者講習などを開催して、専門家の正しい情報をもとにした適正な指導スキルを身に付ける機会を増やす。

2、曖昧な制度のうえに成立している部活の現状を広く世間に啓蒙する。

 

この活動の行きつく先に、生徒の安全確保、健全なスポーツ指導の実現があると考えています。

 出来ることから取り組んでいます。

部活研の7月の講習会では、中澤篤史准教授の講演をお願いしてます。

お気軽に連絡下さい。詳しくはこちら↓

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部員の心に働きかける話

部活指導研究協会通信です。

部員のやる気を持たせ部活に活き活き取り組んでもらうための考え方の紹介です。

 

一般的に言えると思いますが、気性の激しい生徒の指導に手を焼くことは多いと思います。しかし、一方では、選手として勝負を勝ち抜いていくためには、精神的なパワーは必要です。つまり気性の激しさの持っていき方次第で試合の結果も期待出来るとようになるわけです。

 

自己の欲求を満たすエネルギーが、試合で勝つためには必要ですが、同時にそのエネルギーを管理するエネルギーも必要とされます。ただエネルギーをたくさん持っていればいいという訳ではありません。自分の欲求を抑えられない場合、一歩間違えばルール違反で致命的な処罰を受けることもあります。

 

試合に負けるなど自己の欲求が満たされないフラストレーションを競技力の向上に繋げ、導くことは指導者として重要な役割です。ポイントは、勝ち負けこだわるエネルギーは成長には必要なものなので、そこか保ちつつ目標を持たせることだと思います。

 

つまり、勝ちたい負けたくないという欲求を正しい方向に導く目標を提示してあげることが大切です。例えば何のために勝つのか、何のためにこの競技をするのか、そして、どんな人になりたいのか。この辺の答えが目標として設定出来れば、欲求のエネルギーは自己の成長の方向と一致してくるはずです。

 

スポーツの場合、まず試合はとにかく勝ちたい、負けたくないというところから始まって、ある程度の評価を得ると、次に自分だけでなく周囲の皆と喜び合うためにはどうしたらいいか、そこに自我のエネルギーを集約できる心境に辿り着きます。こうなると大きな成功への道は開けてくるのでしょう。

 

 時として大人は、成長過程の若者のエネルギーを封じ込めることだけを考えてしまうが、それはしてはいけないことかも知れない。

 

 

部活研の7月の講習会では、中澤篤史准教授の講演をお願いしてます。

お気軽にご参加下さい。

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高校サッカー部コーチが体罰、動画投稿で発覚

headlines.yahoo.co.jp

日本部活指導研究協会通信です。

またまた、部活指導者の体罰に関するニュースです。

もう本当に呆れるばかりです。スポーツの指導法として選手に対する平手打ちは有り得ません。

指導者として正しい指導法のイロハをきちんと学んで欲しいです。恐らく指導者としてのトレーニングを短期間でも受けていれば体罰という発想は生まれないはずです。

 

体罰指導の多くは、多くは自分の実体験で見聞きした狭い範囲の知識から発生する傾向があります。

 

選手のやる気やモチベーションを高める方法は、体罰など問題外でたくさん健全な方法があります。是非、部活指導者の皆さんに対して新しい認識を得る機会が必要です。

部活研はその仕組みの構築に向けて活動しています。

 

部活研の7月の講習会では、中澤篤史准教授の講演をお願いしてます。

お気軽にご参加下さい。

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学校で先生が教える部活はなくなるか 驚きの部活改革プラン

学校で先生が教える部活はなくなるか 驚きの部活改革プランで部活指導の改革プランが発表されたらしい。

news.nifty.com

 

これまでも地域スポーツとの連携を取り入れる方策は、いくつかの自治体でも試行されたが、予算、人材の面で頓挫するケースが多いようだ。

スポーツ庁、自治体、教育委員会、体育連盟、各組織が片手間にやって解決できる問題でもないし、事の重さでもない。

部活を専門に管理・統括する組織が、はやり必要ではないか。それだけ部活は大きな役割を担い、果たしてきたのだから。

学習指導要領から書き換えて、きちんとした制度設計に取り組む時です。

 

部活研は具体的に取り組みます。

 

部活研の7月の講習会では、中澤篤史准教授の講演をお願いしてます。

お気軽にご参加下さい。

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中学高校部活動に指導員 人材派遣会社が新サービス開始

 ㈱サクシードはこのほど、全国の中学・高校を対象に、部活動指導員の派遣サービス事業を始めた。

 同社は、子供向けスポーツ教室などへの人材派遣を通して教育事業を展開。元アスリートなどスポーツ指導ができる約1200人を登録している。このサービスでは、技術力と指導力の高い人材を派遣して教員の負担感を軽減し、レベルの高い指導を行う。派遣可能なのは、▽軟式・公式野球▽サッカー▽陸上▽テニス▽水泳などの運動部に加え、▽合唱▽吹奏楽▽パソコン・プログラミングなど、文化部を含む60部活動以上。

 派遣までの流れは、教委などからの問い合わせを受け、部活の内容や求めるスキル、人物像などをヒアリング。要望を的確に把握した上で、適切な人材を派遣または紹介する。

 

教育新聞記事より

 

 部活指導の出来る教員と民間の外部指導員を導入する方向は良いと思うのだが、予算の問題がクリアできるかなだね。

部活って仕事を仕切っているのは誰なんだ?

日本部活指導研究協会の中屋です。

 

 部活のこれからを考えていろいろ活動してきましたが、はやり、曖昧な制度のうえに成り立っていることが、教員の負担を増やし、指導スキルの高める余裕を奪って、結果的に生徒の安全まで脅かすことになってしまっている。

 ブラック部活と揶揄されているが、もとはスポーツ指導者としてのトレーニング経験のない人に指導を任せているところが問題ではないか。好きで指導している人もそうでない人も、指導するためのスキルは学んでおく必要がある。

 当然あるべきものがない。改善すべきところはここからだろう。

 ここで部活の仕事について考えてみたい。

 さて、仕事について大きく分類すると2つ別れる。

 一つは、お金をもらえる仕事。もう一つはお金をもらえない仕事。つまり、報酬があるか、ないか。

 例えば、町内会や自治会の仕事など報酬はないと思います。でも、仕事なので責任もあるし、場合によってはしっかりとした義務もあったする。

 

 では、部活の仕事はどうだろう。私が考えるに部活ももとはと言えば、こういった類の仕事だったのではないかと思う。

 

 部活は「自主的、自発的」に行う活動だが、町内会の仕事は、更にコミュニティ形成のためという目的が加わる。

 

 恐らくその昔、部活もコミュニティ形成の目的もあったのだと思う。学校内だけでなく、地域や他校との交流を目的としていたかも知れない。

 

 現在では、部活というかたちだけ残されて、巨大化して、持て余されているが現実である。

 

 祭りの準備を一所懸命しても、報酬を要求する人はいないと思う。好きでやっているというのもあると思うが、時期が来たらやらなければいけないもので、役員を無理にやらされることもある。でも、報酬はもらわない。

 

 祭りの場合は、町内会や自治会が祭りを管理運営しているが、部活の場合は実際仕切っている人がいない。文科省か、中高体連か、教育委員会か、公共団体か。

 

 学習指導要領におまけみたいな記載しかない部活を責任もって仕切る機関って実際ないのが現状なんですね。

 

 部活研は具体的に取り組みます。

 

部活研の7月の講習会では、中澤篤史准教授の講演をお願いしてます。

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